プレイスタイル

人の数だけ価値観は存在する。
それは現実でもそうだが、ネット世界の中でもそれは適用されるもの。
ゲームなんだから自分の好きなことしたり・言ったりしてもいいじゃないか、
そう思う人はオフラインゲームをやることをお勧めします。
キャラを通しているとはいえ、人と人がコミュニケーションをする場である。
最低限のマナーも守れないものに存在する必要性を私は感じないな。



よく、ゲームなんだからという言い訳を使う人がいる。
そもそもゲームってなんだろう?
やっている人が楽しいと思える場を提供する手段だと考える。
それは其の延長上である、ネットゲームにおいても同じだろう。
自分は勿論のこと、自分の関わる人もできるだけ楽しくなれるように、
会話・協力プレイ・etc、人と人との関わりこそがMMORPGといえる。
自分の思うようにやる・信じるまま行動することは、自分の我を出すこと。
それは大事なことだが、常に正しい選択ではないことも知る必要がある。
大事なのは間違いを指摘された時、誤りを自分で正せるかどうか。
助言を聞く耳を持たないのなら、それはただの独りよがりになるから。

基本的には自分の思うようにやっていいものだと思う(代価)。
が、結果生じる、自分への非難は甘んじて受ける覚悟が必要(代償)。
某錬金術師風にいうと、何事も等価交換の原則が成り立つわけだ。
先に御代を貰っておいて、はいそうですかと踏み倒すのは宜しく無い。

さて、競技者という言葉が流行な様だが、私の考えを少し述べてみたい。
数字は物事の優劣を決めるうえで、最も分かりやすい手段である。
しかし、数字は結果でしかなく、そこに至る過程こそが重要だと考える。
増してPTならば全員が競技者というわけでも無く、求めるものでも無い。
私は数字だけを求めるようになることの危険性を懸念する。
私は自分の思う道を求めるもの、つまり求道者だと自分では思っている。
シェゾ氏が先に書いていることだが、私も概ね同じ意見である。
時には数字を求めることもある、だがそれに囚われたりはしたくない。
以上を肝に命じられる人ならば、競技者になっても心配は無いだろうが。
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by marisi10 | 2006-01-17 00:00 | Diary
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